コザ銀天街とは
米軍の占領によって生まれたまち、コザ。
コザは、嘉手納基地の門前町として、栄華を極めた場所。
沖縄の中でも米軍の影響を最も受け、多くの恩恵を受けるとと共に、多くの犠牲も払ってきたまち、コザ。
その「コザ」の名を冠する「コザ十字路」。
ここに自然発生的に生まれたのが十字路市場です。
「十字路と言えばコザ十字路」「市場と言えば十字路市場」と言われるほど、多くの人が十字路市場に買い物に押し寄せました。
しかしバラックのような建物が集まってできていた十字路市場は雨風の影響を受けやすく、店主たちがお金を出し合ってアーケードを設置することになりました。
1978年、アーケードの完成と共に「銀天街」と名を変え、さらなる繁栄の時を迎えます。
コザ十字路が、コザ銀天街が最も輝いていた時代です。
それから約30年。
銀天街におとづれる買い物客はまばらになり、シャッターが締まったままの店舗も数え切れません。
さらに、強い日差しや激しい風雨から人々を守り続けたアーケードは老朽化が進み、2009年2月、ほとんどが撤去されることになりました。
アメリカ占領下から本土復帰、十字路市場から銀天街へ。
時代と共に生きてきたコザ銀天街は、いま、一つの大きな節目を迎えようとしています。



